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浦和地方裁判所川越支部 昭和60年(ワ)219号 判決 1988年7月07日

主文

一  被告らは、各自原告らに対し、それぞれ金一一八三万七九一九円及びこれに対する昭和五九年一一月一〇日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その六を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは、原告ら各自に対し、それぞれ金二五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一一月一〇日から支払いずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下、「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和五九年一一月一〇日午後〇時一分頃

(二) 場所 福島県郡山市田村町徳定字下河原四三四番四号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 態様 訴外渡辺嘉徳(以下「嘉徳」という。)は、原動機付自転車(郡山ち六〇二九号。以下「被害車」という。)を運転して、同番地先市道を安積永盛駅(御代田)方面より金山橋(国道四九号線)方面に向つて北進し、同所字中河原一番地所在日本大学工学部の駐車場に入るため、右市道と同学部へ通ずる通称「日大通り」が交差する丁字形の本件交差点にさしかかつて一時停止し、市道の左右を確認したのち発進し、日大通りへの右折を開始したところ、反対方向から直進してきた被告篤の運転する同定一所有の普通乗用自動車(松本五六そ七五一六号、以下「加害車」という。)が同交差点内の国道寄りの市道上で被害車に衝突し、よつて嘉徳に脳挫傷等の重症を負わせて、同日午後〇時四五分頃死亡するに至らしめたものである。

2  責任原因

(一) 被告篤(民法第七〇九条)

被告篤は、前方注視義務違反の重大な過失により、信号機が設置されておらず、交通整理も行われていない本件交差点内に漫然と加害車を進めた結果本件事故を発生させた。

(二) 被告定一(自賠法第三条)

右加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた。

(三) 被告組合

被告組合は加害車につき、被告定一との間に、同被告を被保険者とし、本件事故発生日を保険期間内とする保険金五〇〇〇万円の自動車共済契約を締結していたものであるから、同被告が原告らに自賠法第三条に基づく責任を負担することによつて受ける損害を填補すべき責任があるところ同被告の資力が十分でないため、原告らは、民法第四二三条により、同被告に対する前記損害賠償請求権に基づき、同被告の被告組合に対する保険金請求権を代位行使する。

3  損害

(一) 逸失利益 金六七五四万八五五八円

嘉徳は、本件事故当時、満二〇歳九か月の大学生(日本大学三年生)であつたから、賃金センサス昭和五八年第一巻第一表の産業計、企業規模計、新大卒平均給与月額金二九万一〇〇〇円の年額に、賞与等年額金一二三万一九〇〇円を加えた金四七二万三九〇〇円を基礎とし、稼働可能年数を二一歳から六七歳までの四七年、生活費控除を四〇パーセントとし、新ホフマン方式(係数二三・八三二二)により、その逸失利益を算出すると金六七五四万八五五八円となる。

4723900×(1-0.4)×23.8322=67548558(円)

(二) 嘉徳の慰藉料 金一五〇〇万円

嘉徳は、大学生として将来を嘱望されていたもので、その精神的苦痛を慰藉すべき金額としては、金一五〇〇万円が相当である。

(三) 相続

原告らは、嘉徳の両親として、同人の右逸失利益及び慰藉料請求権を法定相続分の割合に従い、二分の一あてを取得したから、各自の取得額は、金四一二七万四二二九円となる。

(四) 葬祭費、墓碑建立費 合計金三〇〇万円

原告らは、右費用として各金一五〇万円を支出した。

(五) 原告らの固有の慰藉料合計金五〇〇万円

原告らは、嘉徳の両親として、同人を事故死により失つた無念さは容易に想像し得るところであり、その精神的苦痛を金銭に見積もるならば、各金二五〇万円が相当である。

(六) 弁護士費用

原告らは、原告訴訟代理人らに本訴の提起追行を委任し、その費用及び報酬として、勝訴額の各一割を支払う旨約した。

4  結論

よつて、原告らは、被告ら各自に対し、本件事故による損害賠償の一部請求として、それぞれ各金二五〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五九年一一月一〇日から支払いずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)、(二)の事実及び(三)のうち、原告ら主張の場所で両車輌が衝突したことは認めるが、その余は争う。

2  同2の(一)は争い、(二)は認め、(三)のうち、被告組合と同定一との間に、原告ら主張の自動車共済契約が締結されていることは認めるが、責任の存在は争う。

3  同3は知らない。

三  被告らの主張

1  本件事故は、加害車が国道四九号線方面から御代田方面に向けて南進中、前方に対向車があり、左側には駐車車輌があつたので一旦減速したうえ、前方を注視しつつ進行していたところ、対向して道路左端を進行していた被害車が右折の合図もしないまま、突如右折を開始して、信号機の設備のない本件交差点内に進入したため、加害車とほぼ直角の形で衝突して、発生させたものである。

2  加害車は、被害車が右折するには、あらかじめできるだけ道路中央に寄つて進行すべきであるのに、道路左端を進行していたので、直進するものと判断して前進した。

3  かようにして、被害車は、直進する加害車の進行を妨げてはならないのに、これを怠つて妨げたものである。

4  被害車は、一時停止をせずヘルメツトも着用しなかつた。

5  従つて、本件事故は嘉徳の過失によつて生じたもので、被告篤には過失はなく、仮りになんらかの過失があつたとしても僅少である。

6  治療費として、被告篤は、金一三万五三六五円を、同組合は、金七〇〇〇円をそれぞれ支払い、慰藉料として被告篤は昭和五九年一一月一三日金一〇万円を、同年一二月二八日金一万円を、翌六〇年三月一八日金五〇〇〇円をそれぞれ支払つた。

四  右主張に対する認否

1  主張1のうち、加害車がその主張のとおり南進し、左側に駐車車輌があり、本件交差点に信号機の設備のなかつたこと、衝突角度がほぼ直角であつたことは認め、その余は争う。

2  同2は争う。

3  同3は争う。

4  同4は、ヘルメツトを着用していなかつたことは認めるが、その余は否認する。

5  同5は否認する。

本件事故は、加害車が前方注視を怠つたうえ、交差点の手前で急激に加速進行し、横断を完了する直前の状況にあつた被害車に衝突して発生したものである。

6  同6は、被告ら主張の各金員が支払われたことは認めるが、原告らは治療費の支払いを求めていないし、その慰藉料という金員は香典として提供されたものである。

第三証拠

本件記録中の、書証目録及び証人等目録に記載のとおりである。

理由

一  請求原因1の(一)と(二)の事実及び(三)のうち、原告ら主張の場所で両車が衝突(本件事故)したことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故の態様と双方の過失について判断する。

1  加害者が市道を南進し、本件交差点には信号機が設置されてなく、両車が原告ら主張の場所において、ほぼ直角の形で衝突したことは当事者間に争いがなく、このことと前記一で判示した争いない事実に成立に争いのない甲第一、二、七号証、昭和五九年一一月一〇日訴外某が撮影した本件事故現場の写真であることに争いのない甲第三号証、鑑定人江守一郎の鑑定の結果、証人渡辺雅幸の証言、原告渡辺成雄、被告佐藤篤各本人尋問の結果を総合すると、次のような事実が認められる。

(一)  本件交差点は、国道四九号線(北方)から御代田方面(南方)に通ずる市道と、日本大学工学部構内に通ずる日大通りがほぼ直角に交わる場所で、信号機が設置されておらず、交通整理も行われていない交差点である。右市道は、歩車道の区別された車道幅員(約三メートルの路線帯を含む。)約九メートルのアスフアルト舗装された平坦な片側一車線の道路であり、日大通りは、歩車道の区別のない幅員約一〇メートルの道路である。道路は双方とも見通しがよく、本件事故当時は乾燥していた。

(二)  加害車は、右市道を国道方面から毎時四〇キロメートル位の速度で南進し、本件交差点の手前約六〇メートル付近の地点に至つたところ、前方左側に駐車車輌があり、右前方からは対向車がきていたので、速度を毎時三〇キロメートルに減速しつつ一〇メートル程前進し、右対向車と擦れ違うと同時に、速度を毎時約四〇キロメートルに加速して進行した際、右前方七〇メートル程先から、被害車が対向車線上を進んでくるのを認めたが、これを直進するものと考える一方、左方の交差点入口に停止していた自動車に気を取られて、被害車の動静に対する十分な注意を尽くさぬまま、約三〇メートル進行したため、自車の右直近から右折すべく、時速一〇キロメートル位の速度で横断しようとしていた被害車の発見が遅れ、あわてて急ブレーキをかけたが間にあわず、センターラインを越えた前掲衝突地点の自車線中央部で、自車の左側辺と、右折中の被害車の前半部辺が衝突し、加害車は、約二二メートル進行して自車線上で停止した。

(三)  嘉徳は、ヘルメツトを着用せずに、被害車(排気量五〇cc)を運転して、前記市道の車道左(西)端部に沿つて北進し、本件交差点から日大通りに入ろうとして右折するに当たり、加害車が減速したのを見て、被害車を先に右折させてくれるものと軽信してか、左方に対する安全確認を怠つたまま、減速しただけで右折進行した結果両者衝突し、被害車は、加害車に引き摺られて、その前部を加害車の左前輪と泥除けの間に挟まれ、半ば倒れた状態で停止し、嘉徳は、そこから約五メートル離れた交差点寄りの市道上に転倒し、即日脳挫傷等により死亡した。

以上のとおり認められ、右認定に反する甲第一号証(実況見分調書)中の被告篤の説明部分、前掲証人及び両本人の供述部分は、いずれも措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定の事実によれば、被告篤は、本件事故につき、その直進中、右前方の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り安全を確認しないまま進行した過失があり、他方嘉徳にも、右折に際しては、交差点を直進し、または左折しようとする車輌があるときは、その進行を妨害しないように、安全を確認すべき義務があるのに、これを怠つて右折した過失があるほか、原動機付自転車の運転者として、当時法的に強制されていなかつたとしても、損害の拡大を防止するうえで望ましいとされていたヘルメツトを着用していなかつたことは、矢張りその過失の一翼を坦うものというべきである。

そこで、右両者の過失割合について考えるに、被告篤には三割、嘉徳のそれは七割とするのが相当である。

三  そうすると、被告篤は、後記損害について三割の損害賠償義務があり、同定一が加害者の運行供用者であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、被告定一は、本件事故当時日本大学工学部三年生であつた同篤の父であるが、資力のないことが認められるから、被告組合は、自賠法第三条、第一六条第一項に基づく損害賠償額の支払い義務がある。

四  進んで、損害額について判断する。

1  逸失利益 金五五五八万六一三一円

証人渡辺雅幸の証言、原告渡辺成雄本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、嘉徳は、本件事故当時満二〇歳九か月の健康な男性で、日本大学工学部三年生であつたことが認められるので、本件事故により死亡しなければ、同大学卒業後満二二歳から六七歳の四六年間稼働可能であり、その間昭和五八年度の賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、新制大学卒男子労働者、全年齢平均給与額(月額金二九万一〇〇〇円、特別給与額年額金一二三万一九〇〇円、合計年額金四七二万三九〇〇円)を下迴わらない額の収入を得られたものと推認されるから、生活費として五割を控除し、新ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して、同人の逸失利益の現価格を算定すると、その合計額は金五五五八万六一三一円となる。

(4723900÷2×23.534=55586131(円)

2  嘉徳の慰藉料 金一三〇〇万円

嘉徳の前示年齢、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、同人の死亡による慰藉料としては、金一三〇〇万円をもつて相当と認める。

3  相続

原告渡辺成雄本人尋問の結果と、弁論の全趣旨によれば、原告成雄は嘉徳の父であり、同英子は母であつて、他に相続人のいないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないから、原告らは、嘉徳の右逸失利益及び慰藉料請求権をその法定相続分に従つて、各二分一の割合で相続したことが認められるから、原告らの取得額は各金三四二九万三〇六五円(円未満切り捨て)となる。

4  葬祭費 各金五〇万円

原告渡辺成雄本人尋問の結果によれば、原告らにおいて嘉徳の葬儀を行い、墓碑を建立するなどしたというものの、特段の事情も窺えないから、葬祭費として各金五〇万円の限度でこれを認め、その余及び墓碑建立費は、本件と相当因果関係のある損害とはいえないものとして、これを認めないのを相当とする。

5  原告らの固有の慰藉料 各金一〇〇万円

原告渡辺成雄本人尋問の結果によれば、原告らが嘉徳の死亡により受けた精神的苦痛には、はかり知れないものがあると認められるが、本件における一切の事情を斟酌して、原告らの慰藉料としては、各金一〇〇万円をもつて相当と認める。

6  過失相殺

以上の損害額金七一五八万六一三一円は、原告ら各自についてみると半額の金三五七九万三〇六五円(円未満切り捨て)となるところ、前説示した七割の過失相殺をすると、その残額は各金一〇七三万七九一九円(同上)となる。

7  損害の填補

原告らが被告ら主張の金員を受領したことは、すべて当事者間に争いはないが、原告らは治療費の請求をしていないところであるから、治療費関係の主張はそれ自体失当というべく、また慰藉料とする金員も嘉徳に対する見舞金ないし、その霊を弔う趣旨で提供されたというべきものであるから、これをもつて慰藉料とか、その性質を有するものと解することはできない。右認定を左右するに足りる証拠はない。

8  弁護士費用 各金一一〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは、原告代理人らに本件訴訟の提起追行を委任し、報酬の支払いを約していることが認められるところ、前示認容額、本件事案の難易、審理経過その他本件における諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、原告らにつき各金一一〇万円をもつて相当と認める。

五  叙上の次第で、原告らの被告らに対する本訴請求は、被告ら各自に対し各金一一八三万七九一九円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五九年一一月一〇日から完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるとして認容し、その余はいずれも理由がないとして棄却することとし、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、第一九六条に従い、主文のとおり判決する。

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